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室町クライシス〜六道銭〜第一幕(一)
 時は室町、南北朝合一から十二年。
 来るべき乱世は未だ遠く、人々は平穏と繁栄を享受していた。
 豊前小倉から長門赤間関へと向かう貨客船の船上。定員一杯の内訳は商人が大方、それから船方、後は旅人らしい乗客が二人だ。
 一人は年の頃十五、六の少年。人好きのする柔らかな面立ちは円らな瞳が可愛らしい。細く小作りな体を包むのは、筒袖に括袴と手甲脚半。麻包みの長い箱を前抱きにした風貌は、木の実を抱えたりすを思わせる。興味と驚きの入り混じったその視線の先には、乗り合わせたもう一人の旅人の姿がある。
 くぐまっていても分かる長身に、筋骨隆々の体躯。ごつさよりもしなやかさの印象が勝る女だ。小袖の肩に立て掛けた長巻から、風来坊の類だろう。
 年の頃は三十路の手前、精悍な美貌は西欧の戦女神を思わせる。なにより人目を引くのは潮風にふわりと揺れる、癖のある長い白髪だ。
 だが、船底へ落とされた険のある表情の為か、視線を向ける者は少年以外にない。
 ――関わり合いたくない。
 そんな一様な雰囲気の中、女がちらりと上げた鳩羽紫の瞳が少年を捕える。射竦める鋭い眼光から慌てて目をそらし、少年がうつむけば女もまた足元へと視線を戻す。
 そのままゆらゆらと揺られ、目指す港町は目と鼻の先。
 赤間関。陽光に輝く海原を望む港には、のびやかな鴎の声が響く。寄港船で賑わう波止場は活気に満ち、往来する人や荷で忙しない。慣れた様子で桟橋に上がる白髪の女とは裏腹、波打つ足場に少年がよろける。
「わっ、ぁ」
「おいおい、大丈夫か?」
 危なっかしいその様に手を差し伸べる船方に、少年・松太郎が決まり悪そうに返す。
「す、すみません、あの、船には慣れていなくて」
 そのままよたよたと引き上げられ、どうにか上陸を果たした松太郎が顔を上げる。その拍子にかち合ったのは、鳩羽紫の冷淡な瞳だ。
 しかしそれも一瞥。
 すぐに興味をなくして立ち去る白髪の女を、松太郎がぼんやりと見送る。そんな彼に、船方が複雑な顔で声を掛ける。
「おい坊主、あんまりじろじろ見ねぇ方がいいぞ。ありゃ賞金稼ぎだ」
「賞金稼ぎって、惣や座の依頼で賊を捕らえたりする人達の事ですよね」
 力関係の均衡した世にあって、幕府に絶対的な権力はない。
 連立する各種勢力は自立性が強く、検断権すなわち警察権を有している為、適用される法もまちまちだ。武士や貴族、僧侶はそれぞれの成文法を規範とし、民間においては慣習法が依然根強い。
 “惣”とは農村の自治組織を、“座”とは特権的同業者団体を指すものだ。
 興味深く尋ねた松太郎に、うーんと小さく唸ってから船方が少し難しい顔で返す。
「まあ、聞こえ良く言やそうなんだが、結局は“暴を以って暴に易う”さ。坊主みたいのが関わる世界の人間じゃない。ま、海賊騒ぎでも起きりゃ、俺達だって警固衆なり賞金稼ぎなりに世話にならない訳にも行かないんだがな」
 日本を含む極東の制海権は乱立する海賊に握られており、交易による利権を巡るその横行ぶりは頭の痛い問題である。
 有力海賊に警固料を払う事で他の海賊からの護衛を頼む商人もあったが、そうした警固衆を得られない場合には賞金稼ぎの出番となるのだろう。
 いかつい肩を竦める船方から視線を移せば、出店茶屋の縁台に掛けた白髪の女が目に入る。調度客の途切れ目だったのか他に人はなく、点てられた茶を片手に茶屋の女主人と言葉を交わしているようだ。とはいえ、談笑という雰囲気とは程遠い。
(“暴を以って暴に易う”か)
 松太郎は白髪の女を遠目になんとはなしに思ったもの、まだ忙しそうな船方に礼を述べて街道へと足を向ける。
 瀬戸内を通り、赤間関と西宮を繋ぐ大道・山陽道。それを目指して港を行く松太郎を呼び止める者がある。
「おい坊主、ちょっと待った。山陽道を行くなら一人旅はよした方がいいぜ」
 野太い声につられて振り返れば、三人の男が休憩をしているのが見える。牛に車を引かせて荷を運搬する、車借と思しき者達だ。
「あの、何かあるんですか?」
 荷車の周りに腰掛けた彼等に近付きつつ問う松太郎に、頭領らしい男が頷く。
「ああ、最近追剥の噂を聞くようになってな」
「でも、船方さんはそんな事何も……」
 飛び出した物騒な噂に、松太郎が小首を傾げる。
「そりゃそんなのが噂になったら港は上がったりだ。向こうも表沙汰にしたくないだろ」
 吸筒を手にした車借がため息ながらに言うのに、一考の後に松太郎が返す。
「あ、もしかしてさっきの女の人、その事で」
「女?」と訝しげに尋ねる頭領に、笑みを浮かべると松太郎。
「はい。同じ舟に乗っていた方なんですけど、長い白髪をしたきれいな方でしたよ」
「白髪の女か。その女、ひょっとして長巻を持っちゃいなかったか?」
 何かを探るような車借に、女の長巻を思い返しつつ松太郎が頷く。
「ええ。あれ程の武器が扱えるとなると、余程の剛力なのかと」
 長巻とは野太刀の柄を長くしたもので、形状は長刀に似る。重く長大な刃に見合う破戒力を持ち、その用途は斬撃、突撃、打撃と多岐に渡る。
 女の抱いていた長巻は、七尺と大ぶりなものであった。感心する松太郎を余所に、車借達がひそひそと話を交わす。
「間違いねぇ、あの噂は本物だったって訳だ」
 だが、事情を飲み込めずぽかんとした松太郎に気付き、車借の頭領が「悪い悪い」と苦笑を向ける。
「港の連中が賞金稼ぎを雇ったって話さ。坊主が見たのはおそらく鳴神(なるかみ)だ」
「鳴神?」
「“利き腕殺し”の異名を持つ当世一の賞金稼ぎさ。鬼の血を引く、な」
 車借の一人が松太郎に答えると、肩を上げた頭領が清々とばかりに口にする。
「ま、そんな女が出てきたんじゃ、ここの騒ぎもじき収まるだろうさ」
「じき、ですか」
 どうしたものかと表情を曇らせる松太郎に、車借の一人が人の良さそうな笑みを浮べて持ち掛ける。
「ああ、急いでるんなら次の宿まで俺達と行くかい?」
「いいんですか?」
 松太郎がぱっと明るさを取り戻すや、別の車借も愛想良く頷く。
「旅は道連れ世はなんとやらって言うしな」
「なに、見ての通り腕にゃ自信のある奴等ばかりだ。大船に乗った気でいりゃいいさ」
 頭領の言葉通り、日頃の力仕事で鍛えられた男達はいずれも屈強そうだ。海が海賊なら陸には山賊。自衛を講ずる三人組の腰には、小太刀が見える。
「すみません、あの、お世話になります」
 力強い道連れを得た松太郎がほっと、出立の準備に掛かる車借達に頭を下げる。
 さて、その頃の事である。
「つまりは自作自演って事か」
 港の出店茶屋に掛け、不機嫌そうに口にしたのは白髪の女こと鳴神だ。
 強面の客の為か一向に客は寄り付かず、結構な人足もただ流れて行くばかりである。だがそれを気に掛ける事なく、
「当てずっぽうに襲うよりゃ、的を絞って誘い込んだ方が効率も損害も得って訳さ。やたらに騒ぎを起こせば“獲物”の警戒心が強まるからね」
 湯気の立ち昇る茶釜に目を向けたまま、茶屋の女主人が意味深長な笑みを浮かべる。
「座の連中は追剥事件の幾つかは掴んじゃいるもの、被害の全容は分かっちゃいない。ここで頼んで来たって事は、大事になる前にってとこだろうね」
「で、どう見る?」
 口元に手をやり眉間に皺を寄せた鳴神が、女主人をじろりと見やる。
「さっきあんたを見てた坊主がいただろ? 弱くてお人好しそうで、値の張りそうな荷物を持って。狙うとしちゃいいカモさ」
 彼女が目配せで軽く示したのは、先程松太郎の向かった方角だ。的確な見立てに大きくため息を吐くと、
「そうだな。まさにあつらえ向きだ」
 残りの茶をくいと呷り、空にした茶碗を置いて鳴神が茶屋を去る。
「毎度あり」
 その後ろ姿をろくに見送る間もなく、入れ替わりにやって来たのは数人の旅商いだ。
「ああ、一服頼むよ」
「はい」
 にこやかに銭を受け取る女主人を眺めつつ、縁台に掛けた男が嬉々と話し掛ける。
「いやぁ、姐さん別嬪だねぇ。ここらじゃ見ない顔だけど?」
「ええ、赤間関は賑やかだと聞いたもんでしてね。何か面白い話、聞かせて下さいよ」
 惜しげもなく愛想を振り撒く女主人の声を背に、口元に手をやり鳴神が思案げに眉をひそめる。
(“蜂”の話じゃ凶行は街道から連れ去ってからか。なら、根城で待ち伏せるかね)
 茶屋で得た情報を元に、鳴神が追剥団の隠れ家へと向かう。
 その頃、車借達と共に港を離れた松太郎は人気の途切れた道を歩いていた。道草の生い茂った辺りへと差し掛かった所で、車借の一人が思い出したように口にする。
「ああ、そういやここいらだったっけな。例の追剥騒動ってのは」
「え、あの、待ち伏せなんかしてないですよね?」
 追剥と聞くや身を縮こませた松太郎のおっかなびっくりな様が愉快なのだろう、「さてな」と茶化すように笑いつつ、車借の頭領がごそごそと積み荷を探る。
「心配ならこいつに入って荷に紛れてりゃいいさ。ちょっと窮屈かも知れねえがな」
「お、大袋の中にですか?」
 投げ渡された予備の麻袋を手に、松太郎がぎょっとする。

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